第3回では日本のコンクールや子どもたちに対しての想いを熱く語ってくださいました。
最終回となる第4回は井脇幸江さんの今現在と11月に主演をされた「ジゼル」についての想いをどうぞご覧ください。

井脇幸江さん × 神戸里奈さんロングインタビュー【第4回】

神戸> 最後にお聞きしたいのはバレエを8歳から始められて今日まで長くバレエと関わってこられたと思うのですが、今現在ご自身が踊ることに対しての、喜びや苦労といった、ありのままの現状を出来ればお聞きしたいのですけど。

井脇> 聞きたいですよねぇ(笑) 51歳で踊るダンサーの世界を…。

神戸> 聞きたいです!(笑)それってどんな感覚なのか、すごく聞きたいです。

井脇> この歳まで踊ってみないと分からない世界がたくさんあるので、若いダンサーにも、話したいと常々思っています。
でも、人生観は人それぞれ。結婚や出産を機に引退したり、怪我で続けられなくなったり…。
続けたくても叶わない方も居ますから、長く続けることがみんなのゴールではないということは前提に聞いていただけたらと思います。
随分前になるのですが、東京シティバレエ団の安達悦子さんとお話する機会があった時に「長く踊られていて素晴らしいですね」と伝えると「踊る分だけ、良いことがあるのよ」と答えてくださったことがあります。
その時は想像できませんでしたが、今は私も、悦子さんと同じ言葉で若いダンサーに踊ることの素晴らしさを伝えたい気持ちです。

【肉体的には老いていくけれど、精神面では充実していく】という言葉はよく耳にすると思いますが、若くても精神面が素晴らしいダンサーもいますし、年齢を重ねれば誰もが内面を充実させられるわけでもありません。
年齢に関係なく、自分と闘いながらどうやって精一杯生きるか…だと思います。  
私は日常生活では怠け者の部分も多く、休日はスイッチが切れたように動かない日もあるのですが(笑)、バレエの事となると別で目の前の公演に集中し「この役を観るなら井脇幸江だ」と思っていただけるような、お客様の心に残るダンサーになりたいという事を目標にしてきました。
そして自分に出来ることは全てやりつくそうとしてきたように思います。  
26年間踊ってきた東京バレエ団を退団し、Iwaki Ballet Companyを立ち上げて公演活動をする中、今でもダンサーとしてセンターに立っていますが、今は【毎日が未知の世界への挑戦】のようで、わくわくドキドキしています。
だから今でも毎日楽しいですよ!
もちろん、身体は若い頃とは違いますが、今の身体も好きになれるものです。
ですから今回『ジゼル』に主演することにも、きっと大きな意味があるだろうと感じています。  
今はバレエダンサーとしてだけではなく、教師としても芸術監督としても活動しているので、なかなか毎日同じ時間にレッスンすることは難しいのですが、毎日必ずメンテナンス的な意味も含めにバーに着くようにしています。
でも、これがね!  

神戸>何ですか?!

井脇>やらない日が続くと身体がムズムズと痒くなって、痛みに似たような気持ち悪さが出てくるの。
ストイックですねと言っていただく事もあるのですが、頑張ってやっているのではなく、気持ち良いからやっているだけなの(笑)
それから、若い頃からずっとそうですがトゥシューズで立てることに毎回喜びを感じています。
ポアントで立つと気持ちもスーッとして気分が良いのです。
だから毎日当たり前のように続く…ただそれだけです。
そいう言う意味でも、バレエってなんて素晴らしいんだろう!って思います。

神戸> やはり毎日きちんと体のメンテナンスをされてきた方でないと、長くは踊れないと思うんですが、その部分はいかがですか?

井脇> そうですね。今はオープンクラスなど、好きな時にレッスンするスタイルもありますが、若いうちは精神的な強さも鍛えておいた方が肉体的にも強くなれるので、「レッスンしなくちゃならない」という場に身をおくことも必要かなと思います。
若い頃は、やりたくない日もありましたが、それでもバーを持つことで平常心が戻せるし。
自由って怖いですよね。
元気だからやる、疲れたからやらない…という選択肢がなかったことも、強くなれた要因だと思っています。  
今は、毎日フルクラスを受けるよりも、どんなレッスン内容がベストなのかを探りながらレッスンしています。
例えば一日置きにフルクラスを受け、間の日は弱い部分に集中して一人でじっくり動いてみたりして調整しています。
役によって鍛える場所を変えてメニューを作ったりして、その変化を感じる事も面白いです。
そこに焦点を合わせていると、何かが出来なくなっていることがあまり見えない。
それよりも鍛えれば強くなれることや、動きやすくなる部分に気づけて、先の自分に希望を持つことができます。
この感覚は若い頃に気付けなかった部分です。

神戸> プラスの方が多い?

井脇> はい、マイナス面が見えていないだけかも知れないけど、誰か止めてって思いますね(笑)

神戸> そんな感覚なんですね!

井脇> でないと、ずっと踊っちゃう気がする(笑)

神戸> バレエにはそこまでの魅力があるんですね。

井脇> 魅力もあるし、精神と肉体の会話が面白く、奥が深い!

神戸> バレエには正解がないって言ったらあれですけど、、、

井脇> そう。正解もないですし、人それぞれに思ったこと、感じたことの全てが正解だと思います。
音楽についてもそうですね、どんどん新しいものが生まれて来る。
だから50代に入ってもなお、世界の広さを敏感に感じ取れる余裕も生まれてきて、魅力を強く感じるようになったのかも知れません。

神戸> 今の方が20代、30代よりも、楽しいですか?

井脇> そう言えるかもしれませんね。

神戸> 踊っている時が?

井脇> ダンサーとしてだけではなく、女性としてもすごく楽しんでいます。

神戸> そう言い切れるだけのエネルギーがやっぱりあるんですね。

井脇> そうですね。20代は痛みを抱えていた事もあって思うように踊れない苛立ちが多くて、自分の体はこんなものなのかっていう、歯がゆさがありました。
そして頑張っているのに評価されない理不尽さも感じていましたね。
自分が上手く回っていかない苦しさが20代にはありました。
そして視点が自分ではなく役柄へと移行した30代は、役の理解が深まっていく面白さがあって、同じ役を何度演じても毎回楽しめるようになっていきました。
『眠れる森の美女』のカラボスはもう、私の分身です(笑)
30代は体が動きました。人生の起伏は激しい年代でしたが、とても充実していました。
40代になったら、なんというかありきたりの言葉ですが、余計なものが削ぎ落とされていく、断捨離的な気持ちの良さ…手放す気持ち良さがありましたね。
これは不要なもの、あ、これも要らな~い!みたいに、今まで気負っていたものを手放す楽しみのような、潔さが生まれてきてように思います。

神戸> それは気持ちと体も共にってことですか?

井脇> そうですね、気持ちも体も一緒に。そのバランスが良くなる年代だったのかも知れません。

神戸> 精神面の変化は?

井脇> 小細工しないで済む潔さ、かな。過去の自分を肯定できる強さや自分の未来に向かっていくことへの楽しみというか、年齢を重ねることへの恐怖感がなくなってくると言うか。
これからどんな風に歳を重ねていくんだろうって本当に楽しみに思えるようになりました。
もちろん今まで出来たことが出来なくなってきて、今までのように踊れなくなってくることも分かってはいるんですけど「でもそれが何?」って思えて、段々と図々しくなっていく領域なんでしょうか(笑)

神戸> いやいや。今日お話をお聞きしていて思ったんですけど、もしかしたら今回が一番純粋なジゼルを演じられているじゃないかなって勝手に私は想像しています。
ジゼルという役は本当に純粋で、それこそ村の中から出たことがないという言う人物像だと思うんですけど、その純粋さあまり引き起こす悲劇が、長い間一つの場所にて、それでも沢山のことを経験され、開放された井脇さんのお話をお聞きしているとまさに今がタイミングなんだなって勝手ですが思いました。

井脇> ありがとうございます。

神戸> 今回の舞台を創るに際しても、今だから『ジゼル』という気持ちも実際のところありますか?

井脇> 実は『ジゼル』を上演しようと決めたのは、昼夜2回公演をしたかった事が1つの理由でした。
あとは、海外で活躍するダンサーを日本の観客の方に知っていただきたいという思いが常にあったので、当初、ジゼル役は自分で踊るつもりはありませんでした。

神戸> えぇ、そうなんですか!?

井脇> そうなんです。ダンサー達には色々な経験をさせてあげたいと思っています。
言葉で伝えるのではなく、公演を経験することで、何を感じ取るかは人によって違いますから。
1日2回公演はこれまで経験がないので、上演時間の比較的短い作品『ジゼル』を選びました。

私としては当然年齢を考えていたこともあるし、ゲストを誰にお願いするか?を考えていました。
でも「幸江さんも踊ったら?」って何人かに言われて、そこで少し考えました。
正直なところ、「井脇さんはもう観たくない」と思われているのではないか?と腰が引けていたのはありました。
でもそんな風に言ってくれる人達がいるんだったら1%くらいはありなのかなって思い始めたんです。
でも結局は踊らない方向で話は進んでいたんですけどね。

神戸> すごく悩んでいたんですね。悩んだというか、考えられたんですね。

井脇> はい、さすがに。全幕の主演はそう簡単に踊れるものではありません。
気持ちだけではもっていけない。
全幕を踊るには身体が踊りたがらないと無理だと思っていました。
だから今回は身体に判断してもらおうと考え、ゆっくりじっくり「一応」準備を始めました。
そうしたら、どんどん体が変わっていったんですよ。それはすごいスピードでした。
「え?そんなに踊りたいの?」と自分自身と会話しながらレッスンしていきました。
体重もみるみる落ちて、体がどんどん軽くなっていくんです。
そうなるとダンサーという部分、眠っていた部分もグググっと起きてきて「踊ってみようか」という気持ちになっていきました。

神戸> 自分が思っているよりも体って正直ですよね。井脇さんご自身が踊ることを決めてから、今回のパートナーはどのように選ばれたのですか?

井脇> パートナーは最も信頼できる菅野英男くん(新国立劇場バレエ団プリンシパル)しか考えられなかったですね。
英男くんとはこの6年間、全幕も創作も色々踊ってきましたが、彼のおかげで私のダンサー生命が今もあるのだと心から感謝しています。ドラマ性の深い『ジゼル』も一緒に創ってみたいと思いました。

神戸> そうなんですね!パートナーって本当に大事ですよね。

井脇> すごく大事。彼と様々な作品を創りあげてくる過程で、それはやはり感覚なのですが、お互いの芸術性、音楽性、スピード感が合っていて、言葉にしなくても踊りながらパッパッて分かり合えるところがとても楽なんです。姉弟とか親友に近い感覚です。

神戸> そういう方に出会えるのって本当に貴重ですよね。

井脇> 本当に。東京バレエ団を辞めてから出会ったので、「出会うのが20年早かったらね!」なんて言って笑っています。
彼は私よりもずっと年下だから、仮に20年前に出てても、中学生くらいかも知れないけど(笑)

神戸> 彼との出会いもジゼルをやるってことの引き金になったというか。

井脇> そうですね。いつか『ジゼル』を踊ってみたいとは、出会った頃から思っていました。
踊りたいと身体が言い、信頼出来るパートナーが隣に居て、気持ちもしっかり出来上がりました。

神戸> 条件が揃ったんですね。

井脇> そう、だからもうこれは踊るしかないと思って。覚悟をきめました。

神戸> そうなんですね。私自身は今日お話されたその領域に憧れはあるのですが、これから自分がどうなって行くのかってまだ全く分からない状態なので、一人のダンサーとしてだけでなく一人の女性の生き方として今日お話をお聞き出来て、本当に嬉しかったです。これからのご活躍やご活動はもちろんですが、11月25日に上演される「ジゼル」も本当に楽しみにしています!

とても素敵なお話をありがとうございました。

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4回に渡り掲載してきました「井脇幸江さんと神戸里奈さんによるインタビューも今回で最後です。
既に反響も多く、共感してくださる方も多かったインタビューでした。
終わってしまうのが寂しいですが、またお話を聞きに行きたいと思います。引き続き多くの方のもとに井脇さんの思いが届きますように。
井脇幸江さん、神戸里奈さん、素晴らしいインタビューをありがとうございました!

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